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羽ばたけ不死蝶のアニソンシンガー 和田光司

羽ばたけ不死蝶のアニソンシンガー 和田光司


2014年「アニメロサマーライブ」より

これほどまでに2000年代の少年の心を掴んだ歌手がいたであろうか??

筆者は少年時代を和田光司というコンテンツに触れる事が多かった、いわゆる「デジモン世代」だ。
まだ小学生の頃、ポケットサイズのデジモンが学校内で爆発的に人気を博し、

「独特のアラーム音を鳴らして教師に没収される→返ってくる頃には餓死」

という現象が多発、全国で似たような形で多くの少年が心を傷めた事は想像にたやすい。

テレビでは「デジモンアドベンチャー」が放送され、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでデジモンコンテンツは急拡大していった。
そしてデジモンというコンテンツを語る際に、「和田光司」という歌手は切っても切り離せない関係だ。




1999年、アニメ「デジモンアドベンチャー」の主題歌「Butter-Fly」でメジャーデビュー。
その独特の掠れた歌声と抜群の歌唱力で、瞬く間に人気を博し、以降デジモンシリーズの楽曲を長らく担当した。

このデビュー曲は国内外でも絶大な支持を得ており、時を経てもなおその人気は衰えていない。
全国の文化祭でもコピー曲の鉄板となり、多くの高校生バンドの登竜門として親しまれた。

勢いに乗り、2000年にはTVアニメ「トランスフォーマー」の主題歌を担当、その後もデジモンシリーズの主題歌をアニメ第5作目の『デジモンセイバーズ』まで務めた。

順調に活動を広げ、人気歌手となった和田光司。
誰もが明るい未来を確信し、順風満帆な歌手生活を送っている最中、たまたま不調で訪れた病院で衝撃の事実と向き合う事になる。

上咽頭癌の発覚、一転、人気シンガーの人生に暗雲が広がった。



癌の発覚、絶望、唐突な生存率40%の宣告 
「水を抜いても抜いても何度もたまるので、大きな病院に行きました。
そこでも中耳炎と言われたんですが、その時、首にしこりが二つあったんです。
ついでにと思い、医者に話しました。
医者が「大丈夫だと思うけれど、一応調べてみよう」と言うので、検査入院をした。
ところが、2週間後、思いも寄らない検査結果が出ました。
悪性で、首の後ろのしこりはリンパ腺に転移したもので、原発は鼻の後ろにありました。
病名は上咽頭がん。
手術をすれば顔半分がなくなるとのことで、取り除くことはできませんでした。」 
「『5年生存率は40%』と言われました。
5割もなかったんです。
それが死の恐怖に拍車をかけました。
『その40%になってください』と言われたことは今でも鮮明に覚えています。
すぐに入院を勧められましたが、ライブが終わるまで先延ばしして、4月のステージ上で活動休止を宣言し、闘病生活に入りました。」
出典:上咽頭がんと闘う歌手・和田光司さん(1)「5年生存率は40%」


絶望的な現実が、突如人気シンガーに突きつけられた。
歌手にとって 命とも言える、声に関わる病気。
和田光司の、長い病との戦いが始まった。
3年に渡る闘病生活をインタビューで和田光司はこう語る。

「手術をして、抗がん剤や放射線治療をして、4か月間入院しました。
その後は自宅から通院を続けた。
抗がん剤では気持ち悪くなるし、放射線で喉が焼けて一時は声が出なくなった。
それどころか、1か月半の治療期間中、喉が痛くて水も飲めなくなりました。
唾液も出なくなった。」
出典:上咽頭がんと闘う歌手・和田光司さん(2)再発続き、気力失った


2006年からは歌手として復帰を果たすも、喉の違和感を払拭する事は出来ず、唾液が出ずに思うように歌えなくなっていた。
結果として曲のキーをかなり下げなくては歌う事が出来ず、復帰後も苦悩は続いた。

そんな中でも2006年11月にはテレビアニメ『デジモンセイバーズ』の主題歌「ヒラリ」でメジャー復帰を果たし、精力的な音楽活動を続けていく。
 


ぜひ、歌詞に注目してほしい

傷ついた羽が キセキを呼び起こして
再び舞うよ
夢の風に乗り きらめく虹を越えて
旅の続きへ 

Butter-Flyを意識して書かれたこのフレーズは、和田光司の歌手へ復帰することへ決意がしっかりと伝わってくる。
力強さと先への希望と決意が詰まったこの復帰曲は、多くのファンにも勇気を届けるアンサーソングとなった。

だが、運命は無情にも、さらなる試練を彼に突きつけた。


  癌の再発、2度目の復帰、意識の変革
「03年に手術を終えて退院してから、もう8年たっているわけです。
3か月に1回検査に行っていましたが、5年生存率の5年を超えて、医者にも『もう大丈夫、完治だよ』と言われた3日後に再発が見つかった。
ショックでした。」
出典:上咽頭がんと闘う歌手・和田光司さん(3)目指せ「余命40年」


2011年10月、完治したとされていた癌が胸の奥の縦隔という場所に再発した。
歌を歌う気力も失い、一時は歌手への復帰に対して興味すら持てなくなった。
ようやく勝ち取った病との勝利の後の再発告知、どれ程のショックを受けたのか想像に余りある。
絶望の淵に立たされた和田光司を、知人の言葉が救った。


「薬による副作用でだるさもあるし、髪の毛も抜け落ちていた。
何より、また再発して休むことになったらどうしよう、ちゃんと完治させないといけないという思いがあった。
でも、その時、知り合いに『使命感で歌い続けるのではなく、歌える時に歌って、歌えなくなったらまた休めばいいじゃない』と言われたんですよ。
この言葉でだいぶ楽になって、『それでいいんだ』と思うことが出来た。
『じゃ、いこうか』って。」
 出典:上咽頭がんと闘う歌手・和田光司さん(3)目指せ「余命40年」


「歌える時に歌って、歌えなくなったらまた休めばいい」

その言葉で和田は再度気力を取り戻す。
日本だけでなく、海外からも応援のメッセージが続々と和田の元に届き、日本の反対側の国ブラジルでは誕生日にイベントが行われ、応援の横断幕も作られた。

「こんな自分でも、待っていてくれる人がいるのか。 」

国内外のファンの応援が、傷ついた羽を再びステージへとはばたかせた。

「僕はね、『余命40年』を目指しているんですよ。
今が40歳で、あと40年生きれば80歳。
そこまでいけば自分としては十分じゃないか、と。
余命40年というと、軽いでしょ。
治そう治そうという思いは、僕は重いと思った。
重く受け止め過ぎると疲れてしまうし、かといって軽く見過ぎるとそこから足をすくわれる。
心の持ちようとしてその中間がいいな、と思った。
うまく共存して、歌える時には歌いに出てきて、がっつり治療する時にはちょっと休む。
がん細胞に対しても、あんまり悪さしすぎたらお前だって死ぬんだからなって。
余命は宣告されるものだけれど、それが40年と言われたら、そうですか、ありがとうございます、と思えるじゃないですか」
出典:上咽頭がんと闘う歌手・和田光司さん(3)目指せ「余命40年」



2014年「KOJI WADA 15th Anniversary Live ~re-fly~」より

Butter-Flyが飛び立って16年…物語は再び動き始めます。
デジモンアドベンチャーtri.主題歌に和田光司が担当決定。
新たな終わりなき夢の冒険へ…☆さぁ、ゴキゲンな蝶になって君に会いに行こう。
出典:和田光司 公式Twitter


「世界中の“選ばれし子どもたち”へ」篇 デジモンアドベンチャー 15th Anniversary Project


おかえり 。

僕たちはずっと待っていた。

少年時代の淡い記憶が、和田光司の歌声を聴いて蘇る。

病気を通して、確かに以前のような伸びやかな高音は出なくなった。
だがしかし、補ってあまりある程に彼の経験は歌声に乗っている。
文字通り一言一言を振り絞りながら歌う和田光司の姿に、心を動かされずにはいられない。

 

今年発表した和田光司の新曲の歌詞を引用して、今の彼の気持ちの代弁としよう。

夢の続きを見に この羽広げて
もう一度空へ あの風に乗って行くよ
絶え間なく聞こえた君のその声が 夢の光 灯したんだ  

何度だって何度傷ついても
さぁ、行くよ re-fly 



2014年「アニメロサマーライブ」より

飛ぶことに疲れたのなら、自由気ままに羽を休めればいい。

苦しい治療が続くのならば、応援してくれる世界中のファンに拠り所を求めればいい。

少年時代の僕らのスターは、たとえぎこちない翼でも勇気と感動を与えてくれるんだ。
Stayしがちなイメージだらけでも、きっと飛べるはずさ。

僕らはいつもいつまでも、和田光司という不死蝶を信じて待っている。




記事:iguigu




《新曲情報》
和田光司:re-fly  "再び飛び立つ和田光司の’今’が詰まったミニアルバム”   2015.03.25 On Sale

<収録曲>
1.ヒラリ~re-fly ver.~ 2.風=re-fly ver.~ 3.bravery
4.希望のカケラ 5.Butter-Fly 6.re-fly


アニメイトオンラインCDショップ
http://urx.nu/jc5R


《ライブ情報》
【日程】2015年7月11日(土)
【会場】渋谷TSUTAYA O-WEST 渋谷区円山町2-3 2F TEL:03-5784-7088
【時間】開場18:30 開演19:00
【料金】前売り¥5500(税込・自由)
※1ドリンク代500円別途
※未就学児童は入場不可



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