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アレがあるからイマうたう:連載5日目「イチロー」

アレがあるからイマうたう:連載5日目「イチロー」

『それでも弾こうテレキャスター』『COME TOGETHER』の配信リリースを記念して、QOOLANDの平井拓郎による期間限定の日替わりコラムがスタート。第5回目は「イチロー」です。


今年メジャーリーグ3000本安打を記録し、日米通算になると地球上で最も多くヒットを打った野球選手、イチロー。残した記録は年間262本安打の世界記録や、10年連続200安打など挙げればキリが無い。彼が偉大な記録を樹立した源泉には、その考え方や生き様がある。僕はそのスピリッツに憧れ、強くインスパイアされてきた。




1994年にプロ野球史上初のシーズン200安打、69試合連続出塁、パリーグ最高打率や諸々のタイトルを記録し、日本中にイチロー旋風が巻き起こった。近年「最多安打」という単語をよく耳にするようになったが、このタイトルが作られたのは、実はこの年からだ。


地元神戸で人生初のランドセルを背負って、小学校に入学したばかりだった僕は、1994年のイチローブームをよく知らなかった。野球にも興味は無かった。当時「イチロー」という単語を聞いたことはあるのかもしれないが、正直あまり覚えていない。あの年、イチローさんのことを考えた記憶を探してみたのだが、やはり海馬のどこにも見当たらない。


1995年がやってきた。年が明けてから17日経ったその日、僕の住んでいた神戸の町は壊滅的な地震に見舞われた。人生初の三学期は来たと思ったら、すぐに休校となった。


6歳だった僕は震災からしばらく経っても、何が起きているかわからなかった。まだ生まれて6年だ。「正常な社会」を目の当たりにした期間もとても短い。あの時の僕には、震災がどれぐらい異常なことなのか判別ができなかった。


慌てる大人たち、ヒビだらけになったコンクリート、休校と短縮授業を繰りかえす学校。社会のいろいろなものが正常に稼働できていなかった。みんなが困っていることはわかった。だが、どこからどこまでが震災の影響によるものなのかもわからなかった。3月に都内で地下鉄サリン事件が起きたが、僕はこの事件も震災のパニックの一環のように感じていた。


僕が実際のイチローさんと出会ったのはそんな1995年のことだった。


春になり、震災は落ち着いても「復興」という大仕事が神戸に残っていた。「元通りになるのに10年はかかる」と父親はよく言っていた。まだ6年しか生きていない僕にとって、10年という月日は天文学的な響きを含んでいた。


地元神戸の球団、オリックスブルーウェーブはこの年に「がんばろう KOBE」という合い言葉を掲げてシーズンを迎えた。このフレーズは小学校にも浸透し、町のあらゆるところで見かけることになった。少し祭りのような感覚があった。「なんとかみんなで頑張ろう」という熱い空気がヒビ割れた町に染み込んでいた。


町中がオリックスと「がんばろう KOBE」を掲げていて、「一度は球場に行こう」という雰囲気になっていた。そして、イチローさんはこの祭りの象徴だった。震災以降は名前を知らずに神戸で暮らす方が難しかった。


そしてあの年は球場へ足を運ぶ人も増えていたのではないだろうか。震災のせいで、家族を失った人、家を失った人、財産を失った人。何かを失くしてしまった人がたくさんいた。1995年、神戸の人々はずいぶんと疲れていたように見える。


インターネットの普及も不十分だったので、テレビに張りついて情報を得ていた。困ったことを「困った」と伝えきれない町の姿がそこにはあった。「野球を通して人々を元気に」と書いてしまうと安っぽいが、当時のオリックスには「がんばろう KOBE」のスローガンに対して真摯で、それでいて本気のムードがあった。


何も知らない6歳の僕もこの年、始めてオリックスブルーウェーブの本拠地であるグリーンスタジアムへ行った。住んでいた駅から球場のある総合運動公園駅までは4駅だった。


野球場に足を踏み入れたのは始めてだった。すべてが大きく、今では珍しくなった緑の天然芝は光るように美しかった。今思えば、将来メジャーリーグで活躍する田口選手、長谷川選手、そしてイチローさんが同じ空間で野球をしていたあの空間はとても贅沢だった。試合前の練習の段階で、背中に構えて捕る背面キャッチをイチローさんは連発した。そのファンサービスのたびにライトスタンドから歓声が沸いた。


僕はその時、イチローさんの名前を聞いたことはあるぐらいだった。そんな野球を知らない僕でも、その諸動作の美しさが分かった。不世出のスターの持つ圧倒的な魅力に一撃で心を打たれた。


試合が始まるとイチローさんの実力は顕著になった。大勢の選手がプレイする中、一人だけが明らかに上の次元にいた。素人の僕でも分かるぐらい、すべてが他の選手とは違っていた。一度も凡退せず、盗塁を決め、補殺を決めていたのだが、動きの質やクオリティのようなものが一人だけ抜きん出ていた。当時の様子は「無双」という言葉でも伝えきれないほどだ。


自然とオリックスのファンクラブに入った。それから何度も球場に足を運んだ。イチローさんはよくデッドボールを喰らっていた。怪我をしないイメージがあるが、調べたらこの年はパリーグ一位の18個ものデッドボールを身体に浴びていた。僕が見ただけでも2、3回ぶつけられていた。速くて硬いボールは背中や膝元などよけづらい場所に放られた。


相手チームの強烈な警戒態勢と執拗なインサイド攻めが、そのデッドボールの数を生んだのだと思う。子どもの僕から見ていてもどこに投げても打たれることはわかっていた。配球の工夫は必要だったのだろう。


だが、6歳の僕はイチローさんが打席で硬球をぶつけられるたびに、悔しくて泣いていた。「まともに勝負すれば負けないはずなのに卑怯だ」とも思っていた。


しかし、泣く僕と対照的に、当の本人のイチローさんは決してぶつけられても怒らずに、ピッチャーを睨みもせず、黙々と一塁へ歩いていた。子どもの僕には何でイチローさんが怒らないのか不思議だったが、本人が泣いても怒ってもいないので、僕らファンの怒りもしぼむように収まってしまうところがあった。


そしてシーズンが終わってみるとイチローさんは執拗なインサイド攻めにも屈しず、打者タイトルを5冠獲得した(ホームランが後3本出れば前人未到の打者タイトル独占だった)。オールスターでは史上最高得票を記録し、オリックスブルーウェーブはリーグ優勝を手にした。優勝決定の瞬間、僕は一塁側のスタンドにいた。僕だけではなくみんなが泣いていた。


デッドボールを18個も浴びながらヒットを重ねまくるイチローさんの姿は、蘇ろうとする神戸の町と重なって見えた。まさに「復興を目指す神戸のシンボル」そのものだった。その6年後にイチローさんは初の日本人野手としてメジャーリーグに挑戦する。多くの大人たちが「たぶん通用しない」と言っていた。


親も先生も少年野球の監督も「2割8分ぐらい打てれば十分だ」と評論家のように述べていた。僕はそのたび「とてつもないことをやると思う」とムキになって言い返していた。結局、2001年のイチローさんは驚異的なペースでヒットを重ね、新人王、MVP、最多安打、首位打者、盗塁王、シルバースラッガー賞、ゴールドグラブ賞を受賞した。自分のことのように嬉しかった。


「神戸という街を抜きにして、僕という選手を語ることはできない」と語るイチローさんの映像を見たことがあるが、僕はあの1995年のことを思い出してた。メジャーリーグ3000本安打達成の時の、「僕が何かをすることで僕以外の人たちが喜んでくれることが、今の僕にとって何より大事なことだ」というコメントも1995年を思い出さずにはいられなかった。


あの1995年、何度もデッドボールを喰らいながらヒットを重ねていたイチローさんの姿は今も脳裏に焼き付いている。そして、今年とてつもない位置までそのヒットの数は積み上った。プロ野球リーグ通算4257安打の世界記録の中には僕が初めて見た、1995年のあのヒットも含まれている。


僕が歌を作る根源的な部分に、あの1995年は関わっている。その中心にいてくれたのは、紛れもなくイチローさんだった。




文・平井拓郎(QOOLAND)




QOOLAND

平井 拓郎(Vo, Gt)

川﨑 純(Gt)

菅 ひであき(Ba, Cho, Shout)

タカギ皓平 (Dr)


2011年10月14日結成。無料ダウンロード音源「Download」を配信。2013年5月8日、1stフルアルバム『それでも弾こうテレキャスター』をリリースする。同年夏、ロッキング・オン主催オーディション RO69JACKにてグランプリを獲得。ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013に出演した。その後もROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014、COUNTDOWN JAPAN 14/15等の大型ロックフェスに続けて出演。2015年夏、クラウドファウンディングで「ファン参加型アルバム制作プロジェクト」を決行。200万円を超える支援額を達成し、フルアルバムの制作に取りかかった。2015年12月9日、2ndフルアルバム『COME TOGETHER』発表。2016年8月6日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2016に出演。 HILLSIDE STAGEのトリを務めた。


QOOLAND オフィシャルホームページ

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公式ブログ

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平井拓郎 公式ツイッター

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