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アレがあるからイマうたう:連載13日目「スティーブ・ジョブズ」

アレがあるからイマうたう:連載13日目「スティーブ・ジョブズ」

『それでも弾こうテレキャスター』『COME TOGETHER』の配信リリースを記念して、QOOLANDの平井拓郎による期間限定の日替わりコラムがスタート。第13回目は「スティーブ・ジョブズ」です。


あなたのまわりにスティーブ・ジョブズが好きな人はいないだろうか。アップル社の創業者であり、シリコンバレーの風雲児だったジョブズ。コンピュータ、音楽、携帯電話の常識やあり方を覆し、世界を変えた。その功績、偉業を知らない人はいないと思う。


元来、コンピュータはとても大きくて、高価なものだった。一般的に飛行機や新幹線が自家用にならないように、コンピュータも自家用、家庭レベルで使えるようなものではなかった。


音楽を外で聴きたいときは弁当箱のような大きなプレイヤーに、聴きたい曲の分だけカセットやCD、MDが必要だった。携帯電話と、インターネットと、音楽プレイヤーはそれぞれバラバラだった。一つになるはずがなかった。

これらすべてにジョブズは革命を起こした。今や子どもがパソコンを触り、人々は何千曲ものポップスを手ブラで持ち歩き、この記事をボタンの付いていない携帯電話で読んでいるあなたがいる。

僕たちクリエイターにとってはさらに顕著だ。ジョブズが作った世界のおかげで、僕は僕を表現できていると思っている。僕だけじゃなく、世界中のクリエイターは自分を表現する際、ジョブズの愛したデバイスを使う。

家でも外でもメロディを思いつけば、すぐさま録音できる。自宅でレコーディングまでできる。それをメールでバンドメンバーにも送れる。これを読んでくれているあなたへ、文章を届けることができるのも、あなたの手の中にパソコン、スマホがあるからだ。

中学生のとき、僕はカセットテープMTRという機器で毎日録音していた。足の指で録音ボタンと再生ボタンを同時に押して、ギターを弾かなくてはいけなかった。そんな作業行程で曲を作っていた頃を思えば天国のようだ。

ジョブズは死してなお、多くの人々を魅了している。僕のまわりにも「ジョブズ信者」がいる。このジョブズ信者たちに話を聞いてみると、それぞれの「ジョブズを信ずる理由」がある。もう少しやわらかく言おう。「何でジョブズが好きなのか」が一人ひとり違うのだ。

面白いものでこの理由から、その人の人となりが分かる。ジョブズが好きな人と、「何で彼を愛しているのか」というテーマで話すとキリがない。そして同志と巡り会ったような、素晴らしい気分になる。

今日は僕もひとりのジョブズ信者として、僕の「ジョブズを信ずる理由」を書いてみたい。2005年スタンフォード大学の卒業式でジョブズは3つの話をした。この中で、彼が最後に語った「死の話」に、僕は強烈にインスパイアされた。

・「毎日を人生最後の日だと思って生きてみなさい。そうすればいつかあなたが正しいとわかるはずです」

・「もし今日が自分の人生最後の日だしたら、今日やる予定のことは私の本当にやりたいことだろうか?それに対する答えが『ノー』の日が何日も続くならば、何かを変える必要があります」

ジョブズは淡々と、それでいて、精密な機器を扱うように慎重に言葉を紡いだ。彼はこの伝説のスピーチの1年前に、すい臓がんに侵されていた。ジョブズは自身の死に間近に触れることで、より深く「死ぬ」ということを理解した。彼にとって、「死」がただの知的な概念では無くなった。

僕が初めてこのスピーチを聴いたのは大学の授業だった。ジョブズが、この話をして3年の月日が経っていた。

英語でスピーチをするための授業だったので、大学としてはカリキュラム上、良い題材だと思ったのだろう。僕は授業の本筋である「英語でスピーチができるようになる」から、思い切り脇道に逸れた。ジョブズの考えに心を打たれ、ジョブズやアップル社に関する書籍を読み漁った。

しかし当時は今ほどジョブズの書籍が少なかったように思える。生前でもあったし、まだiPhoneが日本では使えなかったことも関係しているのだろうか。

調べれば調べるほど、ジョブズは魅力的だった。テクノロジーに芸術性を吹き込む創造力には感激し、若いころの横暴っぷりは、往年のロックスターのような愛嬌を感じた。多くの人々はジョブズの持つプレゼン力、開発力、発想力、先見性に魅了されていた。それをパッケージする心的な不安定さは、彼を彩る装飾にさえ見えた。

もちろん僕もその一人だった。

だが、どれだけジョブズを知ろうとも彼の「死の話」ほど僕の心をわしづかみにしたエピソードは無かった。優しく、少しさみしいけどあたたかい。僕の人生にとって、一番大切なことをジョブズの「死の話」に感じていた。

ジョブズが語った、「自分がまもなく死ぬという認識が、重要な決断を下すときに最も役に立つ」という話を、僕はすぐに実践した。

僕は自宅に首つりセットを常設した。カーテンレールにロープを結わえて、踏み台を置いた。

ジョブズがすい臓がんで手に入れた感覚に触れたかった。触れたくて触れたくて、友人に心配されようが、親に心配されようが「死のうと思えばいつでも死ねてしまう」環境を日常に取り入れた。他にも電車に近づいてみたり、高い場所から下をずっと見たりもしてみた。

だが、なかなか敗北の恐怖や、プライドからの解放は訪れなかった。僕はいつも挑戦を恐れ、自分を正当化する弱さを捨てきれなかった。

プライドや希望や金銭、地位や名誉。これらは死の前では何の意味も持たなくなるはずだった。死の前では本当に大切なものしか残らなくなるはずだった。自分の死をどれだけリアルにイメージできるかが、敗北の恐怖から逃れる最前の方法のはずだった。

それらジョブズが発した言葉の意味は分かっていた。だが、僕のつまらないプライドや恐れは消えなかった。それら心の弱さはいつも僕を不自由にした。

「他人の考えに溺れるあまり、あなた方の内なる声がかき消されないように。そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つこと。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず」

毎日ジョブズのメッセージを暗記するほど聴いた。ジョブズのように自分の信念に従って生きたかった。

僕がようやく強烈な死のイメージを手に入れたのは、2016年の5月になってだった。死ぬような目にあったわけではないのだが、キッカケがあり、それこそ「死」がただの知的な概念では無くなった。

それから僕の生き方が変わってきた。重大な決断、選択肢が並んだときに、自分が成長できるかできないかで選ぶようになった。失敗の恐怖やプライドが、日に日に溶けていくのを感じている。

昨日、自室で久しぶりにジョブズのスピーチを聴いた。少しは僕も死を感じられるようになったからだろうか。何回も聴いてきたスピーチなのに新鮮に感じた。覚えているはずの内容なのに、初めて聴いているみたいだった。

当たり前だがスピーチは変わらなかった。あの日と同じく、印象的な言葉で幕を閉じた。ジョブズが若い頃に大好きだった本の背表紙に書かれていた言葉だ。「Stay Hungry. Stay Foolish.」そう告げて、スティーブ・ジョブズはスピーチを終えた。

僕の部屋の、彼の残したコンピュータからスタンディングオベーションが鳴り響いた。



文・平井拓郎(QOOLAND)




QOOLAND
平井 拓郎(Vo, Gt)
川﨑 純(Gt)
菅 ひであき(Ba, Cho, Shout)
タカギ皓平 (Dr)

2011年10月14日結成。無料ダウンロード音源「Download」を配信。2013年5月8日、1stフルアルバム『それでも弾こうテレキャスター』をリリースする。同年夏、ロッキング・オン主催オーディション RO69JACKにてグランプリを獲得。ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013に出演した。その後もROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014、COUNTDOWN JAPAN 14/15等の大型ロックフェスに続けて出演。2015年夏、クラウドファウンディングで「ファン参加型アルバム制作プロジェクト」を決行。200万円を超える支援額を達成し、フルアルバムの制作に取りかかった。2015年12月9日、2ndフルアルバム『COME TOGETHER』発表。2016年8月6日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2016に出演。 HILLSIDE STAGEのトリを務めた。

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