国民的なヒット作である『ドラえもん』を知らない人はいないと思う。だが、原作を読んだことがある人は意外に少ない。実はコミックスは45巻もあり、未収録作品も含めるとさらに膨大な巻数になる。僕は幼稚園児の頃、この『ドラえもん』が大好きでいつも親にねだっていた。大人にとっても『ドラえもん』=良書というイメージがあったのか、比較的よく買ってもらえた。



『ドラえもん 1巻』


この『ドラえもん』、コミックスでいうと6巻と7巻のあいだに大きなターニングポイントがあったのをご存知だろうか。かの有名な「さようならドラえもん」と「帰ってきたドラえもん」だ。ベーシックは一話完結の作風なのだが、この6巻と7巻は初めて話が一冊をまたぐ。「さようならドラえもん」は掲載当時の1974年、最終回として書かれたらしく、そのことが関係しているそうだ。


この話は二度もリメイクされ、映画にもなった名作なのだが、僕も強くインスパイアされた。出会った年齢や、当時の環境のせいもあると思う。内容は、ドラえもんが突如未来へ帰り、のび太の成長と自立を描くというものだ。のび太の心の機微が極めて正確に描写されていて、今でも胸を打つ。ストーリーは、のび太が昼間、ジャイアンに追い回されるところから始まる。情けなく帰宅するのび太はいつものように、ドラえもんに「喧嘩が強くなる道具をくれ」とねだる。


しかし、いつもと様子が違うドラえもん。のび太に目をやると「一人でできない喧嘩ならするな!」と厳しく叱責する。不穏な空気を感じたのび太は「おい、どうしたんだよ。ドラえもん」と問いただす。すると「明日、未来の世界に帰らなければいけなくなった」と心苦しそうにドラえもんは語る。泣きわめくのび太に、両親は「わがままを言うな」「人に頼ってばかりでは一人前になれないぞ」と諭す。


野比家では、ドラえもんの送別会なる最後の晩餐が行われるのだが、のび太はどうしても、ドラえもんと目が合わせられない。その後も、2人で布団に入るシーンがあるのだが、そこでも2人ともなかなか目が合わせられない。のび太は怒っているわけでもなく、ドラえもんも気を悪くしているわけでもない。それでも、2人とも目が合わせられないのは、やってくる惜別の気持ちに整理が着くまで、目を背けていたのではないだろうか。


僕はこの話を初めて読んだ時、引っ越しを控えていたので、その気持ちが痛いほどわかった。親の都合で転勤が決まり、知らない土地へ行くことが決まっていた。初めての引っ越しは嫌だった。友達や、過ごした土地から離れるという恐怖は毎日、心を蝕んだ。のび太のように、両親にだだをこねて泣きわめいた日もあった。だが無駄だった。引っ越しする未来は、泣いてもわめいても変わらなかった。


そのせいだろうか。僕は5歳にして、人は「別れ」を受け入れるまでに時間がかかることも、「別れ」は自分の都合で曲げられない性質を持つ現象だということも理解していた。どんなに幼くても弱くても、自分で自分の気持ちに決着をつけていかなくてはいけないことも、薄々気付いていた。


ドラえもんとのび太も気持ちに決着をつける。「夜通し話をしよう!」と布団から抜け出し、夜の町を歩く。空き地の前でドラえもんは「できることなら帰りたくないんだ。君のことが心配で心配で」と本音を言うが、のび太は「一人でちゃんとやれる。心配するな。約束する」と自分の意志を告げる。その言葉に涙するドラえもんは、涙を見せないためにその場から走り去る。


「涙を見せたくなかったんだな。いいやつだなぁ」と空き地の土管の上で、しみじみと一人佇むのび太。




“別れることが奈落の底に落ちるほどの悲しみ”



そんな感情を与えてくれる存在の大切さを噛み締めているような、このシーンが大好きだった。


平穏もつかの間、月夜に照らされ、のび太の前にジャイアンが現れる。ジャイアンは夢遊病と深夜徘徊の癖があった。そしてその現場を見られたことで激高し、のび太を理不尽にも殴ろうとする。その後、ドラえもんが空き地に戻ってくるのだが、のび太はドラえもんに助けを求めようとしない。



ジャイアンと土管の裏に隠れ、「喧嘩ならドラえもん抜きでやろう」と告げる。自ら言った「一人でちゃんとやれる」という言葉と、ドラえもんの「一人でできない喧嘩ならするな!」という言葉を胸に、絶対的強者に立ち向かう。開戦からのび太の足は震え、恐怖で冷や汗も出ている。2人の体躯、戦闘力の差は歴然で当然ズタズタにされるのだが、それでものび太は諦めずに最後までジャイアンに向かっていく。



目が潰れるほどのダメージを負っても食らいつくのび太は最終的にジャイアンに「まいった」とまで言わせるのだ。その頃流行っていたコミックは、強いヒーローが戦い、悪を砕くものばかりだった。それらが僕は大好きで、いつも読んでいた。しかしこの時ののび太はあきらかに違った。どうひいき目に見ても、ジャイアンの優勢は最後まで変わらなかった。それでものび太は、ジャイアンに負けを認めさせるまで食い下がった。



その峻烈な信念と、弱虫ののび太が叩き出した成果に、幼い僕は他の作品にはないインパクトを受けた。のび太が戦った動機は「大切な人にこれ以上、心配をかけないため」というだけのものだった。のび太は必殺技を身につけたわけでも、特訓で筋力を鍛え上げたわけでもない。動機の強さがそのまま勝利に繋がった。折れない信念が不可能を可能にしたのだ。



気持ちひとつで、圧倒的な武力の差を埋めて理想を実現した。この話を小さい頃から今まで、何度も読み返してきた。もちろんリメイクの映画作品も大好きだ。そして『ドラえもん』という作品の核である“鬱屈した日常生活に異分子を取り入れ、現状を打開する”という物語の根幹は僕の目指す生き方、そのものになっている。


僕の家にドラえもんは来なかった。
だけど、つまらない毎日を終わらせるために、僕はギターを買って歌を作り出した。
あの日がなければ、僕は今日この原稿も書いていない。





文・平井拓郎(QOOLAND)




QOOLAND

平井 拓郎(Vo, Gt)

川﨑 純(Gt)

菅 ひであき(Ba, Cho, Shout)

タカギ皓平 (Dr)


2011年10月14日結成。無料ダウンロード音源「Download」を配信。2013年5月8日、1stフルアルバム『それでも弾こうテレキャスター』をリリースする。同年夏、ロッキング・オン主催オーディション RO69JACKにてグランプリを獲得。ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013に出演した。その後もROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014、COUNTDOWN JAPAN 14/15等の大型ロックフェスに続けて出演。2015年夏、クラウドファウンディングで「ファン参加型アルバム制作プロジェクト」を決行。200万円を超える支援額を達成し、フルアルバムの制作に取りかかった。2015年12月9日、2ndフルアルバム『COME TOGETHER』発表。2016年8月6日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2016に出演。 HILLSIDE STAGEのトリを務めた。


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