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アレがあるからイマうたう:連載18日目「人間失格」

アレがあるからイマうたう:連載18日目「人間失格」

『それでも弾こうテレキャスター』『COME TOGETHER』の配信リリースを記念して、QOOLANDの平井拓郎による期間限定の日替わりコラムを連載中。第18回目は「人間失格」です。


◯◯ばかり読んでいた。◯◯ばかり聴いていた。誰しも、そんな時期はないだろうか。


僕にとって太宰治、いや、「人間失格」がそれだった。しかも人生で二度やってきた。15歳のときと、19歳のときだ。

太宰の作品はいくつか読了した。「駈込み訴え」「走れメロス」「斜陽」「女生徒」「恥」「惜別」「お伽草子」「ヴィヨンの妻」「男女同権」。短編もあり、長編もあるのだが、記憶にあるのは上記の作品ぐらいだ。

しかし、それらの作品がかすむほど、僕は代表作「人間失格」にインスパイアされた。人間失格だけは、何度も読み返した。

繊細な感性に準じて生きていく主人公・葉蔵は、世の中でうまく生きていけなかった。他人を押しのけ、騙し、利益をとることを、彼は拒んだ。道化として人生を歩んだ。描きたくないものも描き、本音の外で生きて、最期は朽ちていった。

「人間失格」は、葉蔵のような人間を葬る、日本という「世間」への、アンチテーゼとして書かれているようだった。

僕は15歳のとき、学校という人間の共同体がムリになり、行かなくなった。19歳のときは、温室育ちから、繁華街で暮らす変化に耐えきれなかった。

どちらも「世間」が僕を押しつぶした時期だった。「世間」の影響力は強大で、ありのままで、いられなくなった。ありのままに生きると、その摩擦熱で、身も心も焼かれてしまいそうだった。

「世間」には僕と違う価値観、倫理観がただよっていた。「世間」に乗っかっていると、自分が自分じゃなくなるみたいだった。すぐにバランスが取れなくなり、僕はルールの外にはじき出された。

外で息をひそめて生きていくしかなかった。自分独りの世界を作って、人の助けを借りて、ただ呼吸をしているだけの生物になった気がした。生きるために、ヒトから退化したみたいだった。

油断すると心細くなった。それ以上、悪化しないように、延々と何かをしなくてはいけなかった。それが「歌を書く」ことだった。それだけの話だった。

しかし、「世間」はエスケープした僕を許すとは思えなかった。少しずつ帳尻を合わせていた。苦しかった。今思い出しても消えたくなる、圧力が常にかかったような、底に沈んだ、くらい時間だった。

人間失格の作中、葉蔵と堀田のやりとりで、こんなシーンがある。


「お前の、女道楽もこのへんでよすんだね。これ以上は、世間が、ゆるさないからな」
「世間というのは、君じゃないか」

という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。

(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(いまに世間から葬られる)
(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)

自分は、ただ顔の汗をハンケチで拭いて、「冷汗、冷汗」と言って笑っただけでした。
けれども、その時以来、自分は、(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです。


これだけの短いやりとりにも、僕は嫌というほど感銘を受けた。「世間」というのは、ただの言葉だと、「世間とは個人」だと、太宰治に教えられた。「少なくとも、太宰がそうだと言っていた」その事実は、僕を勇気づけた。

「人間失格」を読み続けても、現状はまったく好転しなかった。だけど、僕にはそれらのただ、いっさいが大切だった。それでよかった。読むたび「葉蔵のように一刻も早く朽ち果てたい」と思っていた。

作中に唯一、幸せな描写がある。信頼の天才、タバコ屋のヨシ子と出会ってからのシーンだ。

それまで親の世話か、ヒモでしかなかった葉蔵が、初めて家庭を築く。マンガ家として働き、映画を観て、花を買う。生涯唯一の幸せな時間として描かれている、一番好きな描写だ。

僕にも葉蔵と同じことが訪れた。底に沈みきった僕を救いあげてくれたのは、二度とも、良心的な女の人だった。

高速で手を引かれ、水面に引き上げられ、おもいきり呼吸をした。目をあけると、眩しく、世界が一面に広がっていた。

誰かが一緒にいれば、何かに向かっていければ、生きていくことは楽しいのだと知った。太宰の言うとおり、「世間とは個人」だった。大切なものがあれば、「個人の悪意」など、何の障壁にもならなかった。

僕の苦しい時期を支えてくれたのは太宰だったが、救いあげてくれたのは人間の良心だった。

僕はやがて「人間失格」のページを開く必要がなくなった。


『人間失格、グッド・バイ 他一篇』


文・平井拓郎(QOOLAND)



QOOLAND
平井 拓郎(Vo, Gt)
川﨑 純(Gt)
菅 ひであき(Ba, Cho, Shout)
タカギ皓平 (Dr)

2011年10月14日結成。無料ダウンロード音源「Download」を配信。2013年5月8日、1stフルアルバム『それでも弾こうテレキャスター』をリリースする。同年夏、ロッキング・オン主催オーディション RO69JACKにてグランプリを獲得。ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013に出演した。その後もROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014、COUNTDOWN JAPAN 14/15等の大型ロックフェスに続けて出演。2015年夏、クラウドファウンディングで「ファン参加型アルバム制作プロジェクト」を決行。200万円を超える支援額を達成し、フルアルバムの制作に取りかかった。2015年12月9日、2ndフルアルバム『COME TOGETHER』発表。2016年8月6日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2016に出演。 HILLSIDE STAGEのトリを務めた。

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