2015年元日。日本のHIPHOPシーンに衝撃が走った。
韓国人ラッパーKeith Apeの『잊지마 (It G Ma) ft. JayAllday, loota, Okasian, Kohh』という曲が突如インターネット上にアップロードされたのだ。
日本、韓国両国において先端のスタイルのトラックだったこともあり、このコラボレーション自体の衝撃も強く両国のHIPHOPファンの中では大きな話題となった。
アメリカにおいてもこの作品は認知されAsian Trapという言葉も出てきたほどだ。
そしてこのTrapというワードがその先端のスタイルの象徴であったわけだが、まずこのトラップ自体がクラブミュージックの中での近年の大きな潮流の一つなのだ。
スネアやハイハットの連打やベースラインのうねりに電子音の組み合わせがトラップ独特のビートを生み出す。
トラップという言葉が認知され始めたのは2003年にリリースされたT.I.のアルバム『Trap Muzik』のヒットと考えられそのアルバムの中にもトラップの源流と見て取れる楽曲が含まれる。
そして2010年代に入りWaka Flocka Flameの『Hard in Da Paint』の大ヒットによってトラップビートを数多くのラッパー達が楽曲に取り入れ始める。ついにはKanye WestとJay-Zのビッグネームによるコラボレーション楽曲でも使用され以後ダンスミュージックにも浸透し始めることとなる。
そしてそのムーブメントが先述の『It G Ma』へと繋がっていくのだ。
長々とシーンの流れについての話が続いてしまった。この話は全てある一人のアーティストの紹介をするための予備知識としてなんとなくでも理解してもらいたかった話だ。
この話をするかしないかで彼の話が現実的なものか、それとも絵空事なのかという解釈を大きく左右してしまうものだったからだ。
Jinmenusagi(じんめんうさぎ/ジメサギ)
1991年生まれ。東京都千代田区出身。
ストリートカルチャーから断絶された教育社会の中で少年期を過ごす。
15歳ごろからラッパーを志し、路上サイファーやWEB上での音源配信、ミクスチャーバンドでの活動など様々なフィールドの中で才能を開花させてゆく。
2012年、daokoやGOMESSなど次世代の才能を輩出してきたレーベル「LOW HIGH WHO?」からリリースされた「Self Ghost」でデビュー。
以降ハイペースで作品を発表し続け、日本語を破壊し再構成するアプローチや独特の声質が徐々に話題となる。
全編ストーリーテリングのコンセプトアルバム「LXVE 業放草」のリリースを最後にLOW HIGH WHO?を脱退、独立。
2015年1月よりワンマンレーベル「インディペンデント業放つ」を立ち上げ、2015年12月に『ジメサギ』をリリース。
そして彼が12月にリリースしたアルバム『ジメサギ』はほぼ全編がトラップビートの楽曲で構成されており、また非常にBPMの遅いスローな楽曲で構成されており彼のラップのスキルを堪能できる作品となっている。
このアルバムの説明する文章にはこうある。
東京ではなく、Tokyoから。次のベーシックは「ジメサギ」だ。
レーベル脱退、そして独立、SALUやKiyosaku(MONGOL800)、HyperJuiceらとのコラボなどを経て、まさしく新たなステージを歩み始めたJinmenusagiが送る1年ぶりのフルアルバムは、
世界に向け日本のラップミュージックの最高到達点を示す最強のトラップ・アルバムだ。
ほぼ全編に渡るセルフプロデュースで構築されたJinmenusagiの世界観をより表現する為のゲストとしてANPYO、GOKU GREEN、MATO、MOMENT、OMSB、SEEDA、Y'S、サトウユウヤらが参加。
都会的でありながらどこかホラーチック、時々コミカルな日本のパラレルワールドを彩る。全12曲収録。
つまり日本だけでなく世界を見据えた作品であるということだ。
これが絵空事でなく現実的に世界と戦うことのできる土壌があるということは冒頭の説明でお分かりいただけると思う。
東京ではなく、Tokyoから。とあるのをまさに表明するような楽曲が『Tokyo Town feat.Y'S』だ。
渋谷や表参道というような世界的に見たイメージのTokyoではなくMVにも表れているような雑然とした駅前、数多くの自転車といったそういうリアルな視点にスポットをあてたTokyo。
そしてこの『このままでfeat.サトウユウヤ』では独特の空気感を醸す。
Jinmenusagiの独特の声とフローを思う存分味わえる。
トラックも多くの楽曲は彼自身の手で作られている。
雰囲気でトラックを作り、俯瞰的にかつ完全に思い付きから楽曲をくみ上げていくという。
そういった思い付きの中から面白いフレーズが飛び出してくるのだろう。
世界を見据えたアルバムとはいえ日本人的に面白いワードが多く飛び出すのが彼のコミカルな一面でもある。
”バナナマン3人目のメンバー”や”お前の顔は鈴木その子”というフレーズやいきなりバーミヤンや筋肉少女帯、前略プロフなんてワードが不意に耳に流れ込む。
よく海外ラッパーも本国でしか通じないようなネタを持ち出して日本版の対訳に※アメリカ国内で人気なコメディアン。20××年に○○とのスキャンダルが報じられた。なんて具合に解説が付くことがあるがこれと同じことが海外にてJinmenusagiのアルバムについたらと思うとそれまた楽しみである。
(鈴木その子※日本の美容研究家、晩年は厚化粧で顔を非常に白く塗っていたため白の代名詞となっていた )なんて解説が付くのだろうか。
彼はインターネット上で自身のラップを公開するスタイル、つまりネットラップが源流にあるわけだがインターネットの世界だけでなくストリートからも認められるという貴重な存在だ。
彼が認められているという事実は彼の客演の多さが物語っている。
同じくネットラップ出身の電波少女の楽曲への客演ももちろんある。
それだけでなく十影の最新作への客演では耳に残るフックを担当する。
そしてジメサギ同様世界を見据えたアーティストの作品にも客演している。
日本屈指のダンスミュージックプロデューサーであるSONPUBと湘南乃風バックセレクターとして知られるThe BK SoundからなるユニットMonster Rionの最新作にも客演し世界から視線を外すこともない。
またJinmenusagi自身も面白い野望を持っているようだ。
チャレンジしたいこととして伊集院光みたいなラジオや物書きをしてみたいと語っている。
ラジオでは女性のファッションについて語りたいという。
彼の楽曲『ガウチョはダサい』ではひたすらガウチョはダサいということを歌っている。
他にも『Vans Ninja』等ファッションに関連した楽曲もあるので彼が語るファッション論にも大いに期待ができるだろう。
インターネットから発信を続けストリートで認められてきた彼だからこそこういったアプローチは十二分に実践し成功していく可能性は大きいだろう。
ネットラップとストリートを繋いだ彼は日本と世界を繋いでいくことが出来るのだろうか。
今後の彼の動向に注目だ。