今年の春すぎに「本を出さないか?」という話があった。嬉しかった。僕は書籍というメディア自体が大好きだし、「本を出す」は、ひとつの夢だった。
だけど「読む」と「書く」は、また別の話だ。本は好きで、散々読んできたけど、だからといって書けるわけではない。ライブをたくさん見ている人に、ステージで歌えと言っているようなものだ。野球ファンに、打席に立てと言っているようなものだ。
どんな世界でも、受信側から発信側になるのは、また違う次元の話になる。
「本を出すには10万字ほど書かないといけない」と言われた。
今回の「アレがあるからイマうたう」の本文の文字数が、3042文字だ。ケタが違う。それでも来たチャンスだし、チャンスを受け取りたかった。
「本を出す」は、ちゃんと追いかけてもいなかった、ボンヤリした夢だったが、目の前に来たからには叶えたい。当然だ。ただ、時間が無いと思った。
今まで通りロックバンドをやりながら、「10万字を面白く」執筆するにはどう考えても、時間が足りなかった。そんな文量を書いたこともないし、人に読んでもらえるような文章術も、学ぶ必要があった。
僕は無い時間を作るために、頭をひねった。「もしかしたら、酒を飲んでいる時間が多いのではないだろうか?」と思った。計算することにした。
正直、死ぬほど酒が好きで、病的に飲んでいた。「適度」という言葉から一番遠い飲み方で、酒をたしなんでいた。たしなむというよりも、イマ思うと、完全に酒に溺れていた。基本、飲むときは0時から朝の6時、7時まで飲む。ダラダラと昼に起きだすが、二日酔いなので、夕方まで動けない。
なんと、この行程だけで、17時間ぐらい失われているのだ。10日間で170時間だ。8時間労働計算だと、20日前後が消え失せている。文章化すると恐ろしい。改めて、背筋が寒くなっている。何が「ロックバンドをやってて時間が足りない」なのか。鼻で笑ってしまう。
この計算をして、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさした。久しぶりに自分を殺したくなった。酒を完全にやめることにした。5月20日だった。
アルコールには依存性というものがある。僕がアル中だったのかは分からないけど、少なくとも酒を飲んでいない自分を、イメージできなかった。昼だろうが夜だろうが、飲んでいたからだ。
やめるのが簡単だとは思わなかった。依存性にはビビっていた。
やめるための、工夫と戦略が必要だった。「時間が無いから、時間を作るために酒をやめる」という言い分を、頭に叩きこんだ。徹底的に「飲んだら本が出せない」という考えを、脳内に作った。まわりにも「俺の本が店頭に並ぶまで、酒をやめる」と伝えた。
それぐらい強くやらないと、できないと思った。
まわりには「適度に飲めばいいじゃん」と言われる。言い分は分かる。しかし、悔しいが、それができないのだ。僕はアルコールを娯楽ではなく、完全に逃避として使っていた。僕にとっての酒は、コミュニケーションツールではなかった。頭をボケさせて、目の前の嫌なことから目を背けるためのツールだった。
よくドラマに出てくる、お父さんたちの「飲まないとやってられん!」を、僕は命懸けでやっていた。一度飲みだしたら、自分の意思ではとめられなかった。やはり、アル中だったのかもしれない。
自分を弁解するつもりはないが、アルコールの依存性は、あなたが思っているよりも遥かに強い。薬物の依存性の強さは1位ヘロイン、2位アルコール、3位コカイン、4位LSD、5位ニコチンと言われている。
しかし、まわりに「店頭に本が並ぶまで飲まない」という宣言には、効力があった。僕は完璧に酒を断つことができた。
言うことで、自分自身との約束が固く結ばれた感覚だった。自分との約束を破りたくなかった。もうこれ以上、自分を嫌いになりたくなかった。これ以上嫌いになったら、本当に自分を殺してしまいそうだった。僕はストイックなんじゃなくて、臆病で死にたくないだけだった。
めでたいとき、楽しいときは、思ったよりもガマンできた。それよりも、つらいことや弱音を吐きたくなったときが危なかった。苦しいことがあると、「飲みたい。飲んですべてを無にしたい」という気持ちが沸き上がってきた。
この精神が弱ったときに、やってくる逃避欲を実際に体感して、僕は「精神が肉体を凌駕する」というのは、本当だと思った。弱さを押し込めるためにも、本にまつわる仕事量を増やした。「本を出したい」という精神が、肉体を凌駕することに期待した。
ブログを日刊でやることも、この「アレイマ」の連載も、本を書くことに対して、マイナスにはならないと思った。書いて伝えたいこともあったし、文章力は書く量に比例すると信じていた。書きまくる必要があった。
そうこうして、僕の「書籍出版への道」は、危なっかしくも前進していった。少しずつだが、文章の書き方も分かってきた。理想は実現に近づいていた。しかし、天地がひっくり返る事件が起きた。つい先日、「本を出す」という話自体が断ち消えたのだ。
これはもう、僕の力不足なのだが、書こうとしたテーマの訴求力や、諸々のファクターが絡み、出版社のGOが出なかった。出版社の人たちは、何度も会議を重ねてくれた。本を出すには、いろいろな仕事の人が関わって、すべてにOKが出ないといけない。
結果として、YESにならなかった。僕の「本を出すプロジェクト」は完全に無くなった。
ショックもあったし、プライドがバキンと折れる音がした。だけど、ふてくされても仕方なかった。いろいろな出せない事情があったけど、あらゆる事情を乗り越える力が、僕にはなかった。
たくさんの人が、見えるところ、見えないところで、僕に力を貸してくれた。でも、肝心の僕自身が無力だった。
考えてみたいことがある。「僕の断酒は、はたして無意味だったのだろうか?」ということだ。
僕は、本を出すために断酒をした。結果は負けた。本は出せなかった。じゃあ、無意味だっただろうか。僕は、そんなことは無いと思っている。なぜなら、「断つ」が無ければ、無かった「イマ」が、たくさんあるからだ。
断酒をしてから、今までの人生では考えられないぐらいの文章量を書いてきた。書いたことで、それ以外の面白い話も、いくつも繋がった。「平井拓郎」という人間は文章を書くことで、さらに分かりやすくなった。
さらには、身体や喉の調子もいいので、ボーカルが安定した。僕を構成するすべてが、より良い位置に納まった感覚だった。理想を実現するために、無理がないサイクルを手に入れた。
人間、何かを変えたければ、行動を変えるしかない。方法はふたつある。ひとつは「新しいことをやる」こと。もうひとつは「イマやっていることをやめる」ことだ。
「新しいことをやる」ではない、悪い習慣を「やめる」ことの破壊力について、書きたかった。「やめる」だって、アクションなのだ。
そして、僕はまだ「本を出す」を、諦めてはいない。ブログも、この連載も続いている。「文章を書く」という行為は、ずっと続けていく。
僕の「書く力」の輝きがもっと強くなれば、「本を出す」は、いつか呼び寄せられると思うのだ。出版社は今回、僕の本にNOを出した。だけど、そもそも会社どうこうではなく、「やりたいこと」なんて、自分で切り開くものだ。
「会社がやるといったらやる。やらなければやらない」という生き方はつまらない。何の後ろ盾も無いけど、この夢だって、いつか必ず叶うと信じている。
文・平井拓郎
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