ファンの人と協力して何かを作る。全員でチームなんだという感覚を持てました
繊細さを湛えたメロディと躍動するバンドのアンサンブル。スリーピースで力強いロックを鳴らす秀吉は、3枚目のフルアルバム『ロックンロール』を制作する際、クラウドファンディングを使うことにした。ヴォーカル・ギターの柿澤秀吉にとって、それはあくまでも手段の一つだったが、結果的にファンの存在を身近に感じられたり、特別な体験を共有したりすることができたという。その過程を本人に聞いてみることにした。
応援してくれる人たちの存在が
モチベーションになりました
――今回、クラウドファンディングをやってみてもいいかなという気持ちになったのは、どういう背景からなのでしょうか?
柿澤秀吉(以下、秀吉) 2年くらい前に出したフルアルバム(『テルハノイバラ』)から自主レーベルでの活動を始めたんですけど、次のアルバムを出そうと考えた時、これまでと同じようにリリースするだけだったら変わりばえしないと思って。音楽に関しては毎回自信を持って作っているんですが、いくら中身が良くても、それを広める方法を考えないと、次に行けないなという感覚が漠然とあったんです。メンバーとも次はどうしようという話をしているなかで、muevoから声をかけてもらって。QOOLANDやTHEラブ人間のクラウドファンディングで名前は知ってはいたんですけど、実際にお会いして話してみて、ちょうどいいタイミングなのかもと思って自分たちもやることにしました。もともと自主制作なわけだし、ファンの人と協力して何かを作るっていうのは結構面白いかもなと。
――なるほど。
秀吉 前作は色々あって、急遽自主製作で出すことになったんです。予算もぜんぜんなく、ほぼゼロの状態で始めて、知り合いのエンジニアやプレス業者への手配、グッズの製作など身近な人の協力があってどうにか形にすることができたんですけど、その時はいろんな面でほんとにキツくて。自信のある作品ができたけど、自主制作でどう宣伝していいかもわからないし、お金も工面しなくてはいけない。で、身近で信頼している方達に協力してもらいつつ、どうにかツアーも終わらせることができた。だから次はそういうことも含めて、どうするか1から考え直さなくてはと思っていたので、タイミング的にもちょうど良かったんです。
――では、前作の時と比べてモチベーションや気持ちの部分でもまた違いますね。
秀吉 予算の配分を前もって考えられるようになったのは、すごく良かったなと思います。あとは応援してくれる人の声ですね。自主製作なので、現場で誰かがサポートしてくれているわけではない。だから、僕らを応援してくれる人たちの存在を身近に感じられたのはモチベーションになりました。リターンの企画でファンの方と直接会って、秀吉の音楽との出会いの話を聞かせてもらったり……。自分らは結成12年目のバンドなんですけど、メジャーレーベルに所属している大きなバンドでは絶対に感じられないこととか、ファンの方との特別な距離感とか、そういうのを経て作った楽曲の重みがあると思います。おかげさまでレコーディングもスムーズに行きました。
――ファンの力も大きな支えになったんですね。
秀吉 それはもちろんです。バンドのモチベーションとしては一番大きなものだし、裏切れないという気持ちも強くなる。
全員でチームなんだという感覚で、より大きな場所にみんなで行きたいなと思いました。
――リターンの内容はどうやって決めていったのでしょうか?
秀吉 最初は何をしたらいいかわからなくて、クラウドファンディングもそんなに詳しくなかったから、スタッフの人に叩き台を作ってもらって、それを見ながらメンバーで詰めていったという感じです。
――実際に企画がスタートする時、どういう気持ちでしたか?
秀吉 かなり不安でした(笑)。
――秀吉さんのキャンペーンは、目標の数値に達成しなくてもプロジェクトそのものは遂行する「フレキシブル」というコースだったんですよね。
秀吉 はい。どんな結果であれ、アルバム制作はやろうと思っていたので。金額じゃない目標設定だったので、それも良かったです。人数を目標にできたので。本当に達成しなかったらみんなに申し訳ないなって思ってたんですが、結果的に大成功でホッとしました。目標人数に一週間で達成したのも励みになりました。
――バンドのメンバーにクラウドファンディングの話をした時、どんな反応がありましたか?
秀吉 クラウドファンディングに対して否定的な姿勢はなかったです。ただ「ほんとに大丈夫なの?」という見方はありました。それが人数目標でできるってことで、バンド内では納得がいった感じです。僕らのイメージ的にも金額どうこうで動くバンドじゃないなっていうのがあったので。
――結果的に、いろんな人の想いを背負ったアルバムになりましたね。
秀吉 そうですね、本当に。
――『ロックンロール』というアルバム名は最初から決めていたんですか?
秀吉 いや、今回は曲がすべて揃って、レコーディング中にタイトルを決めました。「ロックンロール」という曲は、最初「ライブハウス」という曲名にしようと思ってたんです。現場の感覚を歌にしている曲なんですけど、アルバム全体を象徴しているなぁと思ったんです。でも「ライブハウス」というよりは、もっと強く言い切ったほうがいいかなと思って、「ロックンロール」という曲になりました。で、それをアルバムのタイトルにすることで、僕らが今やりたいことを説明できるなと。ロックンロールという言葉に対してすごく泥臭いイメージがあって、それを自分たちで今すごく体験しているなと思ったんです。
その感覚がたくさんの人に伝わればいいなと思って、『ロックンロール』というアルバム・タイトルになりました。
――今回はファンの存在が近くにあったから、これまで以上に「現場の感覚」が凝縮できたのかもしれませんね。
秀吉 ファースト・アルバムを出した頃から「音源よりライブのほうがいいね」ってよく言われてたので(苦笑)。でも、これまでのアルバムではライブの感じを凝縮できてなかった気がするんですが、『ロックンロール』では初めてそれができたように思います。自分たちのライブをパッケージできた気がするし、だからロックンロールって言葉もピッタリだなと思います。
――歌詞に関して今までと違うところはありますか?
秀吉 これまでは「これを言ったらどう伝わるんだろう」とか考えながら書いてたんですけど、今回は自分がパッと思い浮かんだ言葉とか、本当に思っていることを素直に出したいなと思って書きました。細かいところを直さずに、出てきた言葉をそのまま歌詞にする。だから、すごくストレートなものもあれば、わかりにくいものもあると思います。昔から考えていたのは、その時々の自分たちを音楽で表現することで、そういう意味でも31歳の自分と結成12年のバンドをうまく表現できたアルバムだなと感じてます。
――リターンの一つにファンと一対一で行う弾き語りアコースティックライブというのがありましたけど、ファンにとっては贅沢なプランですよね。
秀吉 一対一で弾き語りをやったのは初めての経験だったんですけど、例えば女性一人に向かって弾き語りとか、それこそ玉置浩二さんクラスの人じゃないと恥ずかしくてできないと思うんです(笑)。だから自分も相手も最初はすごく緊張しつつだったんですが、音楽を通じてその緊張が解けていく感じが良かったですね。最後のほうになると自然とテンションが上がって、「最高でした! 次も絶対にこのプランを買います!」と言ってくれた方もいて(笑)。あと「実は秀吉さんを知ったのはラジオがきっかけなんです」とか「フェスで初めて見て、そこから好きになりました!」とか「友達が秀吉さんを知ってて、ある日偶然秀吉さんを見かけて俺も一緒に写真を撮ってもらったんです。で、そのあとライブに連れて行ってもらって自分も好きになりました」って話とか。こういう機会がなかったら聞けなかったことだと思うので、いい経験でしたね。
――クラウドファンディングでの一連の体験を踏まえて、もっとこういう手法が広まればいいなと思いますか?
秀吉 そうですね。CDが売れないとか、音楽業界はネガティブなニュースも多く聞きますけど、でもやっぱり音楽には夢ってあると思うんです。それはクラウドファンディングでお金を集めるということではなくて、バンドの今後にとってプラスになることがあるならやってみる価値はあるのかなと思いますね。夢に近づくための手段を増やすというか。そういう意味でお勧めしたいです。
――クラウドファンディングはあくまでも手段であり、目的はいろいろありますからね。宣伝に使ってもいいわけですし。
秀吉 そういう活用もできると思います。自分らもアルバムの制作だけでなく、PVの予算もクラウドファンディングの資金から出していますし。自主で活動している自分たちは本当に助かりましたね。
――12月までは全国ツアーが続きますが、20本近くまわるんですよね。
秀吉 デビュー後では最多です。なぜかデビュー前に30本とかやったことあるんですけど(笑)、それは若かったからできたことなので。
――今回、ツアーの本数が多いのは何か理由があるんですか?
秀吉 クラウドファンディングで購入してくれた人のデータを参考にしました。
――muevoではトラフィック分析のページで購入してくれた方の都道府県別のマップも見れるんですよね。
秀吉 はい。そういう活用法もあるので、いろいろと役立ちました。今後もクラウドファンディングをやる意味が見出せる企画であれば、またやってみたいですね。
文・muevo
『ロックンロール』
sirosiba record.
発売中
秀吉
写真左から町田龍哉(Ba)、柿澤秀吉(Vo, Gt)、神保哲也(Dr)。群馬で結成。バンド名は柿澤秀吉の名前が由来。2008 年にアルバム『へそのお』でデビュー。これまでに4枚のミニアルバムと2枚のフルアルバムをリリース。2010年には宮崎あおい主演映画『ソラニン』の挿入歌に抜擢され、同年発表された「むだい」のジャケットアートワークを浅野いにおが手がけ話題となる。2012年9月に群馬で初開催された「GUNMA ROCK FESTIVAL 2012」では1万人のオーディエンスを沸かせた。2014年12月に自主レーベルを発足。アルバム『テルハノイバラ』をリリースする。2015年には新曲と過去曲のリメイクを織り交ぜたミニアルバム『アトノオト』をリリースし、全国ツアーを成功させる。2016年には突如クラウドファンディングで新作の制作を行うことを発表し、目標人数252パーセント達成という快挙を成し遂げる。ファンとともに作り上げたフルアルバム『ロックンロール』を8月にリリース。現在は全国ツアー「秀吉のロックンロールツアー!」を開催中。
秀吉 オフィシャルホームページ