メンター。あまり聞きなじみがない言葉だと思う。「助言者、師匠、教育社、後見人、顧問、指導者」という意味合いがあり、ギリシャ神話に登場する賢者「メントール」が語源。


メンターの存在は、日本ではそれほど一般的ではない。反面、アメリカではかなり一般的な存在だ。ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグ、スティーブ・ジョブズにも優れたメンターがいた。バスケットのスター選手であるコービー・ブライアントのメンターは、マイケル・ジャクソンだった。

「メンター」という単語は知っていたが、僕とはまったく縁のないものだった。なぜなら僕は、先輩や大人、年上に敬意を払わずに、勘違いしたまま生きてきた人間だったからだ。僕は「人の話を素直に聞く」という力が、欠落した人間として生まれてきた。今も、完治したとは言わないが、まぁずいぶんマシになった。そんな僕の心境を支えて、変えてくれたのは、一人のメンターだった。

今年になって、少しずつ「傷つきたくない」という感情よりも、「もっと良くなりたい」という感情のほうが、勝つようになった。どんなことでも、レベルアップを望めば、すべてがうまく回りだす。向上心という言葉があてはまるか微妙だけど、その感情はある意味、無敵だ。

「イマより良くなりたい」「イマより上手くなりたい」「イマより強くなりたい」。この気持ちを優先して生きていけば、チンケなプライドなんかは、バシバシ消し飛ぶのだ。そもそも、自分自身で、イマの能力に価値を見いだしていないのだから、そこを突っつかれても気にならない。

僕の中に、新しいプライドが生まれた。


それは「イマより良くなりたい。その良くなった自分なら絶対にできるはず」という感覚だ。以前の「舐められたくない」というプライドの、何倍もの強度だった。


イマ思えば、僕の「人の話を素直に聞けない」という性質は、現状満足による合併症だった。いつしか僕は、現状に満足して、成長を望まなくなっていた。心は固まり、誰の声にも耳を傾けなかった。「傷つきたくない」が最優先され、「どれだけ傷つかずに生きていくか」に価値を見いだしていた。そんな人間が作る歌は、たかがしれている。あなたも聴きたくないと思う。

そんな馬鹿丸出しのときに僕は、ある人と出会った。その人は、ミュージシャンでもないし、レコード会社の人でもない。僕の職種と関わりはあるが、言うなれば他業種だし、畑の違う人だ。会社経営を10年して、自分のやり方でたくさんの人の心を動かして、猛烈に生きていた。付き合いはまだ1年ぐらいだが、僕はその人に死ぬほどインスパイアされた。

正直、地球上で一番尊敬しているし、選択肢に迷ったり、あらゆる場面で「その人だったらどう進むか」という観点で、物事を考えるようになった。

技術を教わったことは一度も無いし、命令されたことも一度も無い。それでも僕の生き方、行動原理は変わった。イマまでどれだけ命令されても、人の言うことを聞かなかった僕が、変わったのだ。なぜだろうか。すべてが「指示」ではなく「吸収」だったからだと思う。

人の行動を変えるには、二種類しかない。ひとつはコントロール、もうひとつはインスパイアだ。

コントロールは褒美、報酬や叱責、恐怖などで人を動かすやり方だ。これらは即効性もあるが、受け取る人の心理状態は、どうしても受動的になる。あなたのまわりにもいる、「言われたことはやるけど、それ以上のことはやらない」状態の人は、操作されて動いているからだ。

もうひとつは、姿勢を見せたり、気付きのヒントを与えたりして、その人に「動きたい、そうしたい」と思わせるやり方だ。時間はかかるが、その人自体が「そうなりたい」と思って、行動を変えるので、極めて能動的になる。この状態を「鼓舞された」「インスパイアされた」などと呼ぶ。

「会社から与えられた仕事ではなく、どれだけ『自分』の仕事と思ってやれるかですよ」というフクモトエミ先生の名言もある。おっしゃる通り、僕たちはどれだけ能動的になれるかで、あらゆるクオリティと成果が決まる。

そして、人を能動的にさせるには、インスパイアしていくしかない。自分自身の人生を受け身で走っていては、つまらない。

それらを僕は、一人の人から教わった。メンターだと決めてかかって、出会ったワケではない。時間をすごしていくうちに、一緒に何かをやっていくうちに、徐々に、そうなっていった。

その人と何度も話していくうちに、僕は「この人は、自分の人生に夢中な人だ」と感じていった。完全に、自分で自分の人生を作っている人だった。いつもまわりや環境のせいにして、文句を垂れて生きてきた僕にとっては、衝撃的な存在だった。もちろん、そういうカタチや姿勢、生き方が、存在することは知っていた。大好きな矢吹丈やイチローさん、スティーブ・ジョブズ、土方歳三が、そうだったからだ。

だけど、その存在を目の当たりにしたのは、初めてだった。僕が初めて肌で触れる「そういう人間」だった。実在するんだと思った。僕も、同じように、自分に夢中になりたいと思った。自分で自分の人生を作りたくなった。

いつも、たくさんの気付き、吸収の素材に触れさせてもらっている。一緒にQOOLANDのことも考えてもらったが、その打ち合わせのなかにも、「人として」の無数のヒントがあった。「自分の力でたどり着いた!」と感じていたことも、大体その人の言葉やあり方に、源泉があったことばかりだった。僕自身「アレはそういうことだったのか」と答え合わせができたのは、ごく最近だ。

本を出すため酒をやめた話、屋久島に行った話、クラウドファンディング。それらは、僕が成長するうえで、重要なターニングポイントになった。だが、それらもメンターとの出会いが無ければ、宝の持ち腐れだった。結局、僕はその人と会わなければ、何をしてきても、変わらなかったんじゃないだろうか。その人の言葉や、やり方が撃鉄となって、本の執筆や屋久島、断酒は引き金となった。そのたび、心がピストルに撃ち抜かれたように、衝撃を受けた。そして、変わっていった。

僕たちは一人の人間との出会いをキッカケに、成長を加速させられる。

いつかは僕も誰かにとって、そんな存在になり得るかもしれない。受け取った話があるのなら、与える話もいつかきっと、訪れる。

僕の書いた歌や文章、ステージ、考え方が、誰かにとってのメンターになったら、それに勝る喜びは無い。同じような苦しみを持つ人を救いたい。だから僕は、音楽を書いている。


文・平井拓郎




QOOLAND

平井 拓郎(Vo, Gt)

川﨑 純(Gt)

菅 ひであき(Ba, Cho, Shout)

タカギ皓平 (Dr)


2011年10月14日結成。無料ダウンロード音源「Download」を配信。2013年5月8日、1stフルアルバム『それでも弾こうテレキャスター』をリリースする。同年夏、ロッキング・オン主催オーディション RO69JACKにてグランプリを獲得。ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013に出演した。その後もROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014、COUNTDOWN JAPAN 14/15等の大型ロックフェスに続けて出演。2015年夏、クラウドファウンディングで「ファン参加型アルバム制作プロジェクト」を決行。200万円を超える支援額を達成し、フルアルバムの制作に取りかかった。2015年12月9日、2ndフルアルバム『COME TOGETHER』発表。2016年8月6日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2016に出演。 HILLSIDE STAGEのトリを務めた。


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