人を幸せにしようと思う気持ちがなければ、 自分も幸せになんかなれない


インタビュー・文 上野拓朗(muevo)

写真 安達元紀


J-POPのヒット曲やボカロ有名曲などを、歌や楽器で気軽にカバーして投稿できる音楽アプリ「nana」。2015年、このアプリ内で初のヒット曲が生まれた。オリジナル曲「Rainy」を作詞・作曲したシンガーソングライター、廣野ノブユキ。平日は信用金庫に勤める会社員として、週末は駅前で弾き語りを行うミュージシャンとして、そんなユニークなバックグラウンドを持つ彼が、ある日突然アップしたのが「Rainy」だった。同曲はこれまでに約3000のカバーバージョンが投稿され、累計で100万再生を数える。毎日5万曲が投稿されるというアプリの中で、多くの人を魅了してやまない廣野ノブユキの魅力はどこにあるのかを知りたくて、インタビューをオファーした。


前回はその独自の活動スタンスについて話を聞くことができた。ここでは彼とファンの出会いの場を広げてくれたnanaについて、そして音楽ルーツについて聞いてみた。


いいものはいいという文化がnanaにはある。

そこが自分にはフィットしてます

 

――nanaを通じて、廣野さんが作った曲をいろんな人が歌ってくれたり、演奏してくれたりするのを見て、どんな感覚になりましたか?


廣野ノブユキ(以下、廣野) nanaを使い始めた頃、「ジェリー」という曲をアップしたんですけど、その曲をほかの人が歌ってるのを聴いて、人に歌ってもらう喜びを感じました。すごく快感でしたね。これで有名になれる!というよりは、単純に面白いと思いました。最初は1日5通くらいの通知だったんですけど、今では1時間に100以上来るので追いきれなくて……でも、コラボしてくれた人の音源を聴いて「この子、雰囲気あるな」とか、技術的な上手さでは語れない音楽の良さみたいなのをnanaが教えてくれました。しかもスマホ一台で、無料でできる。世の中、変わったんだなと実感します。


ーーnanaのどういうところが気に入ってます?


廣野 プロではない素人が活躍できるのが、nanaのいいところだと思うんです。あと批判があまりないんですよね。ほかのサービスだとバッシングされたりすることも多いですし、有名になればなるほど批判もされやすくなるけど、nanaはそういうのとは違う。多数派でも少数派でもいいものはいいという判断が、nanaの文化にはあると思います。そこが自分にはフィットしてますね。


――路上での弾き語りとは違うものだけど、廣野さんのアティテュードと共通する部分があるんでしょうね。


廣野 路上だと、その場の熱を瞬間的に共有して終わりってことが多くて、そこが好きなところでもあるんです。「今日の感動をこのまま胸に取っておきたいから、連絡先とかホームページとか敢えてチェックしません!」って人もいて、そういうのも最高ですよね。目と目を見て、小さな空間でその熱を共有する。それってすごくロマンがあることだと思うし、だから常に戻って来られるようにしておきたいし、今もnanaを使いながら自由に路上やツイキャスでの活動をさせてらってます。


――ところで、廣野さんの音楽ルーツを語るうえで欠かせないアーティストというと誰なんですか?


廣野 スマホの待ち受けにもしてるんですけど、ブルーノ・マーズです。彼ってミュージシャンじゃなくてエンターテイナーじゃないですか。そこが大好きで、自分もあの人みたいになりたいです。高校を卒業するとき、先輩に言われた言葉で今でも覚えているのが、「上手にやらなくていい。エンターテイナーになれよ」ってことで、そのときは意味がわからなくて。その後、社会人になって音楽をやらなくてもいいのに音楽をやり始めたとき、自分はどういうスタンスで表現していこうかなと考えたんです。そのときに先輩の言葉を思い出して、エンターテイナーでいようと思いました。別に部活動みたいにやらされてるわけじゃないし、音楽を通してコミュニケーションしたい。辛いときに泣いてもいいんだよって言える曲があってもいいし、無理して頑張ってる人には無理しなくていいんだよって言える曲があってもいい。そういうふうに音楽で皆に寄り添いたいと思ったんです。


ーー皆に寄り添えるエンターテイナーになりたいと。


廣野 自分ではエンターテイナーとしての答えを決めてないんですよ。弾き語りっていうスタイルも通過点の一つです。ブルーノ・マーズのように、最終的にはギターを置いてダンスしながら歌ったりするかもしれない。まだ売れてない頃のブルーノ・マーズが、インストアライブでマイケル・ジャクソンのカバー曲を楽しそうに歌ってる動画があって、しかもクオリティがすごく高いんです。カバーする技術も歌唱力も凄いんですけど、それらを楽しませるためのツールとして(技術を)使っていることがわかって、それを見たときにはめちゃくちゃ感動しました。


楽しませようという気持ちがなくなったら最後だなと思います。楽しませ方って部分でも自分はフレキシブルでいたいですね。突然ピアノの弾き語りをやってみたりとか。例えば、テイラー・スウィフトも活動初期はカントリー・シンガーでしたけど、その後はポップ・シンガーに転身して今では影響力のあるスターですよね。ああいうふうに生き様でも魅せられるようになりたいです。それにブルーノはあんなに売れているのに、今でも安いギターを使ってるんですよ。そういうところも好きですね(笑)。


ーー(笑)ほかには誰かいます?


廣野 あとはジェイソン・ムラーズにも影響を受けてます。すべての曲に「愛」っていうテーマがあって、音楽的にはアコースティックの良さもある。そういう意味だとノラ・ジョーンズも好きです。すごく包みこまれるというか、ジャズというジャンルからは空間づくりの大切さを学びました。食事のBGMとしても成り立つのは、ジャズの良さだと思います。自分の曲もジャズからの影響が表れていて、「Rainy」にもジャズのコードをガンガン使ってますね。そのコード単体で聴いてみると、むしろ居心地が悪い感じの和音なのに、曲の流れで聴くと違和感がぜんぜんないし、そこがフックになって気持ちよく感じられるんです。そういうのを知ると、音楽に正解はないんだなって思います。僕はピアノも弾くんですけど、音楽の奥深さを知れば知るほど楽しくなってきて……まあ、こういう話を普通の場所でするとすごく引かれますが(笑)。


ーーアハハ。


廣野 洋楽を知ってからは、邦楽を聴くことは減ったんですけど、例えば演歌とかで使われている和のスケールって、日本にしかないと思うんです。それに昔の歌謡曲とかを聴くと、その音質も含めて妙に落ち着くんですよ。その時代を生きてきたわけじゃないのに(笑)。だから、きっとそういう遺伝子レベルの音楽の血が自分にもあると思うので、そういう要素が将来的に自分の音楽にも出てくるんじゃないかなと。日本人で自分の価値観を変えてくれたアーティストは久石譲さんです。もともとインストの曲が結構好きというのもあって、久石さんのピアノ曲にはすごく救われました。音楽を通して「こんな世界があるんだ!」って発見がありましたし、久石さんの音の一つひとつには和が滲んでるですよ。





今は通過点でしかないですし、

まだ始まってもいないと思います


――音楽的な好奇心や探究心が、廣野さんの中には昔からあると思うんですけど、それをマニアックに楽しむのではなく、皆と一緒に楽しめるものに変えていく。そんなことを今お話しを聞きながら思いました。


廣野 音楽の探求心だけだったら自己満足になってしまいますよね。それをわかりやすくしてあげるのが技術で、これって気持ちよくない?って伝えてあげるのも大切だと思っていて、自分のファンの耳を肥やしたいという気持ちもあります。チューニング一つにしても、きちんとセットしなかったら音楽を聴く耳も衰えてしまうかもしれない。普通は「ここがマイナーコードって気持ちいいよね」と言われてもわからないわけじゃないですか。でも、そういう気持ち良さを翻訳して伝えてあげることで、もっと音楽が好きになってくれるかもしれないわけで。


――今後もそのスタンスで活動していくとして、これからのキャリアのことはどういうふうに考えてますか? さっき海外に興味があると話してくれましたが、仕事を続けていくにしても、音楽家としての何かビジョンみたいなものはありますか?


廣野 今は通過点でしかないですし、まだ始まってもいないと思ってます。今はとにかく応援してくれている人たちがいるので、その賜物でしかない。ファンが自分を世に出してくれている。感謝しかありません。自分の中で「これだ!」っていう夢は決めたくないですね。今は導かれるところに自由奔放に行って、全力を尽くすだけだと思います。自分から生まれてきたものを世に残していくだけなので、僕自身が変わることはないです。でも、ブルーノ・マーズには会いたいですね。いや、絶対に会います!(笑)。


――アメリカに行ってアポなしで突撃!とかやってみたいですね(笑)。


廣野 アハハ。面白そうですけど、まだまだ自分は感覚的にも一般人なので恐れ多いです。自分に自信がついて、ブルーノに見てもらえるくらいになったらアクションしようかと思います(笑)。


――でも、3カ月後に突然来日公演が決まったりしたら、そのときはどうします?


廣野 それは行きますね! 100%行きます(笑)。音楽のいいところの一つが、自分が強く望まなくても、自然と行きたかったところに導かれることがあるんです。やっぱり、ガツガツしないのがいいですよ。世の中を見ても、すごくギスギスしているなと感じるけど、人として生きる以上、ジョン・レノンのラブ&ピースじゃないですけど、もっと思いやりを持とうよって。音楽を通して、自分のファンには「生きているうえで、幸せっていうのは人からもらうものなんだ」っていうことをわかってほしいです。


幸せは自分一人で叶えるものだと思いがちなんですが、そうじゃないんだと。僕も振り返ってみると幸せだったなって思うことって、人に与えてもらっているときが多い。自分だけでゴールまで到達しても何も残らないんです。それは人に幸せを与えていないから。人を幸せにしようと思う気持ちがなければ、幸せになんかなれないと思うんです。仕事にも通じることですけど、サービス精神というか、とにかく周りの人を幸せにしたい。それは突き詰めれば、自分が幸せになりたいってことなんだと思います。



廣野ノブユキ

1990年生まれ。神奈川県出身。シンガーソングライター。信用金庫で働きつつ、ライブハウスや路上で音楽活動を行っている。2015年、音楽アプリ「nana」にオリジナル楽曲をアップするようになり、そのなかでも「Rainy」はnanaで最も多く歌われている楽曲に。2016年、「Rainy」のCD化&カラオケ配信が決まり、7月7日には同曲が収録されたコンピレーションCD『Fes.of Rainy』が限定リリースされた。8月11日には第2弾シングル「バニー」の配信がスタートし、9月中旬からは通信カラオケDAMでの配信開始も決まっている。


nanaアカウント

http://nana-music.com/users/350120/


廣野ノブユキ 公式ホームページ

http://hirononobuyuki.com/


公式ツイッター

https://twitter.com/nobubunobu1214